仕事の道具から生活の一部へ

今や身近な存在になっているパソコン。
ほんの少し前の1990年代に爆発的に販売台数が増えた。
しかし、その頃からパソコンを使っていた人はどのくらいいるだろうか。

およそ20年間でパソコンの使用目的や、利用者も全く違うものになっていった。

1990年代後半になってパソコンは普及したが、その時の使用目的は、仕事で使うもの、という位置付けが大きかった。
仕事を効率的にするための、単なる道具とでも言えばいいだろうか。
エクセルを使っての表計算、ワードを使っての文章の作成などが主だった。

それから20年程経った現在。
パソコンの位置付けは大きく変わった。
表計算や文章の作成だけでなく、インターネットを駆使して動画を見ることもできる。

素人が動画をネット上に載せることも簡単だ。
利用人数も爆発的に増えた。
1990年代は、会社に何台あるかというレベルであったのが、今や、一家に1台、一人に1台、それ以上も珍しくない。

パソコンのない生活など想像できるだろうか。
仕事を効率的にするための道具から、生活に欠かせない存在にまで成長したパソコン。
どのような進化を遂げるか。その可能性は無限に秘められている。

ところが、最近はクラウドの台頭で、パソコン本体にソフトをインストールするということが、段々と形骸化している気がする。
全てをサーバーに組み込んで、必要な機能をパソコンを使ってアクセスするというスタイルは、近未来の姿なのかもしれない。
そうなるとパソコンは、単なる通信のための媒体と化する。

パソコンが気が付くと書斎にあった

私が子どもの頃、パソコンなんてものがあるなんてことも知らなくて、いつのころからか父の書斎にパソコンが置かれるようになりました。
本当に何歳のころだったかさえ覚えていませんが、このテレビみたいなものは何だろうって思っていました。

それから、あっという間にいろいろな技術が進歩して、今では小学生までパソコンを使いこなす様になっている現代。
私が子どものころの生活とはぜんぜん違っているんだなぁって思っています。
そういえば、私が学生時代には携帯電話も一部の人しかもっていなくって、待ち合わせは時間ぴったりに行くのが当たり前でした。
でも、今は誰もが携帯電話をもっている世の中なので、友達との待ち合わせも何時ぐらいとあいまいで、あとは近くのカフェで待っているとか、お店を見ているから連絡して、なんていうことが多いですよね。
とっても便利になったなぁって思います。
だから、家庭に電話が無い人も多いんですよね。
そうなってくると親は子供がどんな友達と付き合っているのかもわからなくなってきますね。
私が学生のころは友達に電話するときもちょっと緊張したものですが、今はそんな緊張も無いんですね。
ITのおかげで便利になっている世の中で取り残されないように、自分も一生懸命新しい技術を理解していかないといけないですね。
でも、こんなIT社会についていけない人たちのことも考えて世の中が多様化していくことが一番理想的ですよね。

ニューノーマル時代の勤怠管理は?
ニューノーマルでも必要な勤怠管理
残業申請、及び残業命令機能の活用でサービス残業防止。労働実績の本人上長相互確認で未払い残業請求防止。
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